軍用地の場所や施設について | 軍用地投資をはじめるその前に

2020年10月16日

沖縄の軍用地について徹底解説。今回は軍用地の場所や施設について、分かりやすくご説明いたします。

 

 目次

 - 沖縄県内・県外の軍用地

 - 沖縄の米軍基地の全容を知る

 - 米軍基地を管轄・役割面から理解する

 - 返還後の米軍基地・施設

 - 返還によるリスクについて

 - 跡地利用特措法とは

 

沖縄県内・県外の軍用地

 

前回のブログでお伝えしたとおり、沖縄県外にも米軍基地や自衛隊施設は存在しています。その代表格は、長崎県の佐世保・山口県の岩国・神奈川県の横須賀などでしょうか。

ただし、これらの場所の多くは元々は日本軍が使用していた土地であり、そのほとんどが国有地。個人所有の土地もわずかながら存在していますが、基地外の住宅地用地としてすでに活用されている場合が多く、不動産市場に出されるケースはごくまれです。

対して、沖縄県の米軍基地や自衛隊施設の多くは、戦後に強制接収された個人所有の土地ですので、個人間での取引が可能。同じ軍事施設でありながら、その性質は大きく異なるというわけです。

 

沖縄の米軍基地の全容を知る

 

沖縄に在日米軍基地の多くが集中していることは先に述べましたが、実際にどのような施設がどこにどれだけあるか、正確に把握しているという方は少ないと思います。ので、今回、地域別に分かりやすくまとめてみました。(参照:沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)令和2年3月)

 

沖縄本島北部


 

- 北部訓練場(国頭村・東村)
- 奥間レスト・センター(国頭村)
- 伊江島補助飛行場(伊江村)
- 八重岳通信所(名護市・本部町)
- キャンプ・シュワブ(名護市・宜野座村)
- 辺野古弾薬庫(名護市)
- キャンプ・ハンセン(名護市・金武町・恩納村・宜野座村)
- 金武レッド・ビーチ訓練場(金武町)
- 金武ブルー・ビーチ訓練場(金武町)

 

沖縄本島中部


 

- 嘉手納弾薬庫地区(沖縄市・うるま市・恩納村・嘉手納町・読谷村)
- 天願桟橋(うるま市)
- キャンプ・コートニー(うるま市)
- キャンプ・マクトリアス(うるま市)
- キャンプ・シールズ(沖縄市)
- トリイ通信施設(読谷村)
- 嘉手納飛行場(沖縄市・嘉手納町・北谷町・那覇市)
- キャンプ桑江(北谷町)
- キャンプ瑞慶覧(うるま市・沖縄市・宜野湾市・北谷町・北中城村)
- 泡瀬通信施設(沖縄市)
- ホワイト・ビーチ地区(うるま市)
- 普天間飛行場(宜野湾市)
- 牧港補給地区(浦添市)
- 陸軍貯油施設(うるま市・沖縄市・宜野湾市・嘉手納町・北谷町)

 

沖縄本島南部


 

- 那覇港湾施設(那覇市)
- 那覇飛行場(那覇市)

 

離島・その他の地域


 

- 鳥島射爆撃場(久米島町)
- 出砂島射爆撃場(渡名喜村)
- 久米島射爆撃場(久米島町)
- 浮原島訓練場(うるま市)
- 津堅島訓練場(うるま市)
- 黄尾嶼射爆撃場(石垣市)
- 赤尾嶼射爆撃場(石垣市)
- 沖大東島射爆撃場(北大東村)

 

ご覧のとおり、北は国頭村から南は石垣市まで、実に33もの基地・施設があることがお分かりいただけるかと思います。本島北部地域は国有地・市町村有地の割合が高く、本島中南部および八重山地区は民有地の割合が高いなど、エリアごとにそれぞれ特徴があるので、そのあたりも頭に入れておかれるとよいでしょう。

下表は、地域別・所有形態別の米軍基地面積ですので、参考までにぜひご覧ください。(参照:沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)令和2年3月)

 

資料1(地区別所有形態別の米軍基地面積)

 

また、さらに詳細な数字を把握したいという方のために、市町村別の施設面積(および割合)をまとめた資料を載せておきますので、こちらも合わせてご覧ください。(参照: 第62回沖縄県統計年鑑 令和元年版)

 

資料2(市町村別の米軍基地面積)

 

米軍基地を管轄・役割面から理解する

 

前項では、各エリアごとの基地・施設名をはじめ、国有地・民有地の割合についてご説明してきましたが、この項では「管轄」や「役割」といった観点から各施設を見ていきたいと思います。

まず前提として、在沖米軍には「海兵隊」「空軍」「海軍」「陸軍」が存在し、それぞれの軍が専用の基地を管轄しております。なかには、共用の施設や自衛隊基地を一時的に使用しているケースもあり、その数はすべて合わせると33にもなります。

以下の表は、軍別の施設数や構成比についてまとめたものですので、参考までにご覧ください。(参照:沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)令和2年3月)

 

資料3(米軍の軍別施設数・構成比・面積)

 

軍用地を購入する際には、その土地がどの基地に属するのかという情報が基本的な判断材料となりますが、同時に、その基地がいったいどの軍の管轄下にあり、どのような役割を担っているのかを把握しておくことも重要です。

例えば、特定の用途で使用されている施設があったとして、ほかに同様の役割をもった施設が存在しないとしたら、その施設は「替えがきかない」ため、返還の可能性は低いと考えられます。逆に、同じ軍の管理下に類似施設が複数ある場合は、返還される確率がほかより高いと考えることもできます。

このように「管轄」や「役割」といった視点から多角的に施設を評価することで、将来的な返還リスクを見通すことが可能になってくるのです。

以下は、各基地ごとに管理軍・用途などについてまとた資料ですので、軍用地購入の際の検討材料としてご活用いただければと思います。(参照:沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)令和2年3月)

 

資料4(施設別の管理軍・用途)

 

返還後の米軍基地・施設

 

ここからは、返還された土地、つまり「かつて米軍基地だった場所」の現在について、少しふれてみたいと思います。というのも、かつて基地だった場所が今日どのような形で発展を遂げているかを知ることは、今後皆さんが軍用地投資をされるうえで、非常に大きなヒントを与えてくれるからです。

以下は、沖縄県内外に点在する代表的な返還跡地です。

 

沖縄県内


 

- 那覇新都心(旧:牧港住宅地区)
- 残波岬公園(旧:ボーロー・ポイント射撃場)
- 北谷町美浜周辺(旧:ハンビー飛行場・メイモスカラー射撃場)
- イオンモール沖縄ライカム(旧:泡瀬ゴルフ場)
- 琉球ゴルフ倶楽部(旧:知念補給基地)

 

現在の残波岬公園の様子

 

沖縄県外


 

- 代々木公園|東京都(旧:ワシントンハイツ地区)
- 昭和記念公園|東京都(旧:立川基地)
- 根岸森林公園|神奈川県(旧:根岸競馬場地区)

 

現在の代々木公園の様子

 

ご紹介したのはいずれも有名な場所ですが、なかには「こんな場所がかつて米軍基地だったとは!」と驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

基地返還後の跡地利用については、各自治体ごとの方針がホームページ等にて開示されているので、軍用地投資の出口戦略を検討される際には、事前にそうした情報を精査してみるとよいでしょう。

 

返還によるリスクについて

 

先に述べたとおり、軍用地には返還される可能性があります。その後の開発計画によっては地価の上昇が期待できますが、これまであった借地料自体はなくなるため、そのことを不安に思われる方も少なくありません。そこで、本項では返還にともなうリスクについて、先にご紹介した「那覇新都心」を例にお話ししたいと思います。

近年、目覚ましい発展を遂げている那覇新都心エリア(那覇市おもろまち周辺)は、返還される以前は「牧港住宅地区」と呼ばれる米軍人・軍属のための住宅地でした。現在では、高層のオフィスビル・金融機関・行政庁舎などが集まる、県内屈指のビジネス・経済拠点にまで成長しましたが、ほんの30年数年前まで一般人の立入りすら禁止されていました。

 

現在の那覇新都心(那覇市おもろまち周辺)の様子

 

さて、ここからが本題なのですが、牧港住宅地区が全面的に返還されたのは1987年のことです。しかし、その後すぐに区画整理が行われ土地開発が進んだかというと、実はそうではありません。実際には、返還後約9年もの間にわたって跡地利用が進まず、いわゆる塩漬け状態が長く続きました。その結果、多くの軍用地主がこの時期に土地を手放したとも言われています。

開発がスムーズにいかなかった背景には、返還区域・時期の明示の遅れ、跡地利用計画の策定の遅れ、跡地利用に関する地権者の合意形成の遅れ、公共施設整備のための用地取得の遅れ、埋蔵文化財発掘や不発弾処理などによる工期の遅れなど、複数の要因がありましたが、この時の反省が大きな糧となり、2012年に「跡地利用特措法」が施行されることになりました。

 

跡地利用特措法とは

 

この「跡地利用特措法」は、正確には「沖縄県における駐留軍用地跡地の有効かつ適切な利用の推進に関する特別措置法」といい、返還地の跡地利用が遅滞なく行われることを目的に改定された法律です。

従来の法律との大きな違いとして「給付金制度」の充実が挙げられますが、視覚的にお伝えした方が分かりやすいと思いますので、まずは下図をご覧ください。(参照:内閣府沖縄担当部局リーフレット「跡地利用特措法について」)

 

資料5(跡地利用特措法|改正前後の違い)

 

改めて言葉で説明しますと、この時の法改正の大きなポイントは以下の3点でした。

- 給付金の納期を「返還日の翌日から3年間」→「引渡日の翌日から3年間」へ変更。
- 特定跡地給付金・大規模跡地給付金の区分および面積要件を廃止し「特定給付金」に一本化。
- 特定給付金の支給期限は、土地の使用または収益が可能となると見込まれる時期を勘案して政令で定める。

このことによって、土地返還後の地権者の生活の安定が保障され、以前のような「借地料収入がないにもかかわらず税金だけは出ていく」といった状況から大きく改善されたといえます。つまり、軍用地の返還時のリスクが以前に比べると各段に小さくなったというわけです。

ちなみに、この「跡地利用特措法」は2022年3月までの10年間の時限立法ですが、失効前に支給が開始されていた給付金・特定給付金に関しては、その後も効力が継続されますのでご安心ください。

今後、失効時期が近づくにつれて、また新たな法改正が行われる可能性もありますので、何か動きがあれば当ホームページ内にてご報告させていただきます。

 

次回ブログへと続きます。

 

今回もまた長くなってしまいましたので、この辺で終わりにさせていただきます。今後もまだまだ基礎編が続くかと思いますが、基本を理解しておくことの重要性はどのような投資でも同じだと思いますので、もうしばらくお付き合いください。

それでは、次回をお楽しみに!

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